シックスクール問題について(第2報)

 

長野県 松本歯科大学病院  福沢 正人

 

2002年2月5日に発表された「学校環境衛生の基準」の改訂では、教室等の空気の定期検査事項として、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロロベンゼンの濃度を加え、検査回数、判定基準、事後措置等について規定しています。また、コンピュータ等新たな学校用備品の搬入等により発生の恐れがあるときには臨時検査を実施することとし、新築・改築・改修時には濃度が基準値以下であることを確認させた上で引渡しを受けることになっています。

私の娘が通学している小学校では、2002年2月13日から新校舎を使用していますが、改訂された「学校環境衛生の基準」の適用は2002年4月からであるため、新校舎引渡し前には測定を実施していないこと、また新校舎使用開始後も測定は実施されていないことがわかりました。そこで測定の実施を強く働きかけ、3月16日に検知管による測定が学校教育課と長野県薬剤師会検査センターにより実施されました。

要旨集 ページの表をご覧ください。

 

表:トルエン濃度の推移 

上段が濃度で単位はマイクログラム/㎥ 下段の( )内は室温です

基準値は260です

02年3月

9月

10月

03年2月

7月

拡散法

普通教室の最大値

 550

(19.9゚)

 480

(26.0゚)

    120

(24.0゚)

測定せず

190

(24.8゚)

  150

(23.8゚)

保健室

2500以上

(17.2゚)

1900

(23.0゚)

床張替中

      25

(24.0゚)

 67

(23.4゚)

   56

(23.0゚)

図書室

1100

(13.8゚)

 200

(26.0゚)

測定せず

測定せず

200

(25.0゚)

  120

(23.9゚)

多目的室

2500以上

(12.2゚)

5400

(23.0゚)

床張替中

      70

(18.2゚)

210

(26.4゚)

  350

(25.9゚)

音楽室

2500以上

(15.8゚)

 140

(26.0゚)

測定せず

測定せず

310

(24.6゚)

  170

(24.4゚)

理科室

2500以上

(16.0゚)

 100

(19.0゚)

測定せず

測定せず

 81

(24.4゚)

   72

(24.0゚)

視聴覚室

2500以上

(不明)

 490

(24.0゚)

    180

(28.0゚)

測定せず

200

(24.7゚)

  100

(24.2゚)

コンピュータ室

 550

(17.8゚)

  43

(20.0゚)

測定せず

測定せず

 54

(25.8゚)

   57

(25.4゚)

家庭科室

2500以上

(14.9゚)

 900

(24.0゚)

    250

(24.0゚)

      54

(26.0゚)

 94

(25.0゚)

   87

(24.1゚)

図工室

2500以上

(14.0゚)

 130

(18.0゚)

測定せず

測定せず

100

(24.7゚)

   88

(24.1゚)

 

この2002年3月の測定ではトルエンだけでなくホルムアルデヒドも基準値を大きく超えていました。

そこで私は、学校教育課と小学校に対して文部科学省の示している標準的な方法による再測定の早期実施の必要性と強制換気やベイクアウト、毎日の換気の強化等を強く要請しました。

実はこの後、数回の測定が実施されていましたが、8月末の発覚まで測定値が公表されませんでした。

問題発覚後、9月にはPTAによる対策委員会が組織され、私も委員に選任されましたので、何度か測定に立会い、特に測定法を中心に意見を述べてきました。これは、昨年の第39回長野県薬剤師会学術大会において詳しく報告いたしましたので、ここでは問題点だけを挙げておきます。

まず、測定は「30分間換気後に対象室内を5時間以上密閉」してから実施されなければならないのに、3月16日の測定以外はいわゆる開放測定が繰り返されていました。

また、3月16日の測定で、基準値を大きく超えていたにもかかわらず検知管による簡易測定が繰り返され、標準的な方法による測定が一度も実施されていませんでした。

対策委員会のこのような指摘によって、30分間換気後に対象室内を5時間以上密閉し、その後30分間空気を能動的(アクティブ)に採取してガスクロマトグラフ質量分析法でトルエン濃度が測定されました。また、同じ条件で空気を採取して高速液体クロマトグラフ法でホルムアルデヒド濃度が測定されました。

表のとおり、2002年9月の時点でもトルエン濃度が基準値を大きく超えていました。ホルムアルデヒドは基準値以下でしたが、ホルムアルデヒドの放散量は気温や湿度により大きく変化するため、来年の夏も標準法で再度測定することになりました。トルエンについては低減対策によって、濃度が基準値以下になるまで定期的に標準法による測定を続けていくことになりました。

この測定結果を受けて、多目的室と保健室は床の全面張替えのため使用禁止、家庭科室も当面使用禁止になりました。その他の教室については窓を全開で授業を行うこととし、普通教室には全室に換気扇を設置して常時稼動しておくことになりました。さらに、全普通教室の腰板や棚にはVOC(揮発性有機化合物)を吸着させるシートが張られました。

表のとおり、2002年10月には、測定した全ての教室でトルエンの濃度が基準値を下回りました。秋も深まり気温がだいぶ下がってきて暖房も必要なため、授業時には窓を開けず、始業前と休み時間に窓等を開放することになりました。

尚、この10月の測定と次の2003年2月の測定は、暖房を入れ、室内温度を上げて5時間密閉後に測定した値です。

多目的室と保健室の床の張替え工事もこの2002年10月に開始されました。トルエンの発生原因と目された、床の接着剤を削ぎ落とすという大変過酷な作業が行われたようですが、接着剤を削ぎ落とした後もなかなかトルエンの濃度が下がらず、全ての工事が終了したのは翌2003年1月末でした。

表のとおり、床張替え工事後の2003年2月の測定では、両室ともトルエン濃度が基準値を下回りましたので、多目的室と保健室の使用が2月に開始されました。

 前年の計画通り、2003年7月に再度測定が実施されました。この測定では、空気の採取方法について、従来採用してきた吸引法(30分間空気を能動的に採取する方法)と拡散法(24時間空気を受動的に採取する方法)との比較を行ないましたので、拡散法の結果も表の最後に併記しました。

表のとおり、多目的室と音楽室でトルエンの濃度が基準値を超えていました。ホルムアルデヒドも多目的室の拡散法による測定で基準値を超えていました。

そこで、多目的室と音楽室については使用を禁止すると共に、VOC吸着シートを敷き徹底的な換気が行われました。その結果、8月の測定で2教室とも基準値を下回っていることが確認されましたので、9月に使用が再開されました。

2003年9月には、今後の対応について

1.      換気扇のある教室については、24時間換気扇をフル稼働させる。

2.      朝、児童の登校前には、廊下・教室の窓を開け換気する。

3.      多目的室・音楽室については、今まで夜間窓を開けておきましたが、夜間は換気扇のみ稼動させる。児童の登校前には、窓を十分開け換気する。

4.      冬場については、11月の暖房器具を使った状態での検査を待って対応する。

という通知が学校からありました。

 2003年9月現在、6名の児童が、シックハウス症候群あるいは化学物質過敏症を心配して、北里研究所病院等の医療機関を受診しているようです。

2003年3月に公表されたシックハウス症候群健康調査(中間)報告には、「トルエンの測定数値が高かったこと、実際に特定の教室に入ると頭痛がしたり、目がチカチカしたり等の症状があったとの健康実態調査の記述から、1学期前半においては、シックハウス症候群があったと思われる。」と記されています。さらに、発覚後の「9月19日に健康診断を実施した時点では、揮発性有機化合物(トルエン)の濃度は校舎引渡し当初に比べ、かなり下がっていたと考えられ、この時点での総合的な健康状態を考慮し診察を行った。」と続いています。しかし、前述のとおり、2002年9月の時点でもトルエン濃度は基準値を大きく超えていました。

この2002年9月の健康診断では、約400人の全校児童及び教職員のうち、79人が再検査となり、11月の再検査ではこの内の26人が経過観察となりました。

シックハウス症候群健康調査(中間)報告は、「シックハウス症候群の一般的定義に縛られることなく、健康調査票、所見等から判断し、以前に症状のあった児童も含めて検診時に所見が見られた児童に対し程度を問わず経過観察としてきた。校舎の床の張替えや換気の徹底に伴い、トルエン濃度も基準値を下回り、その後の検診、検査、健康実態調査より検討、考慮し、ほとんどの児童は心配ないと判断した。今後は、引き続き学校、家庭での環境整備に心掛けながら、体調の変化をいち早く察知し、より良い環境で児童が健やかに教育をうけられる場が確保できるように教職員をはじめ、保護者、関係者のさらなるご協力をお願いしたい。」と結ばれています。

以上、娘の小学校のいわゆるシックスクール問題について、濃度低減対策とトルエン濃度の推移を中心に報告いたしました。

最後に、本問題に関しては、全国の多くの方々からご支援いただいております。その中には、シックハウスやシックスクールが原因で、ご自身やご家族が化学物質過敏症を発症された方もいらっしゃいます。ご支援に深く感謝申し上げると共に、化学物質過敏症の皆様の一日も早い回復を心よりお祈り申し上げます。

以上です。